美容師さんが「漆」という言葉を知らなかった
―相当細かな線があり、金が入っていますね。どんな道具を使うんですか。
彫りには金属鑿(のみ)を使います。鉄の棒をグラインダーで削って彫刻刀のような鑿を自作するんです。この作品は鑿を使ってフリーハンドで彫っています。下絵を使う場合もありますが、これは下絵無しで作っています。艶上げした状態で彫りますが、やれば案外いけますよ(笑)。
―艶上げというのは?
漆を塗り重ねたものは最初はぼこぼこしているのですが、それを砥石や炭で研いで磨きながら艶を出すことです。通常はそれで完成なのですが、その完成状態から彫りますので、失敗はできません。
―漆器の作家として、もっと作品世界を広めたいとお考えですか。
今は漆器を使う人が減っていることがこの業界の課題ですので、普段から使っていただく日用品も作っていきたいです。また、漆器は、大切なお客様が来られたときに床の間に飾り、おもてなしをするような特別なものでもあります。そういう特別感のあるものも作りたいです。身近にあって、少し特別感のあるもの。
―土産物屋さんなどに行くと、廉価なものもありますが。
生地がプラスティックだったり、漆に溶剤が入っていたり、塗らずにスプレーしたりというものですね。本物の漆だと思って買ってがっかりするのではないでしょうか。そんなことをきっかけに「次は本物の漆塗りのアクセサリーでも見てみよう」というアクションにつながれば嬉しいです。
―私は、お正月には重箱やお盆など少し高級な漆器を出して使っています。
以前、同年代の美容師さんに髪をカットをしてもらったときに「仕事は漆をやっています」と話したら、「漆」という言葉を知らなかったので、愕然としました。「お椀やお重は使わないの?」と聞くと、「使わない」と。
―やはり確実に食卓から漆器は減っているということですね。
そうだと思います。漆の存在も知らないということは、その人の生まれ育った家になかったということなので、問題は深いですね。
―漆器を使わないのは、食洗器で使えないからでしょうか……。
漆器は代々受け継いだり、贈答品として戴いたりするものでしたが、近年はそういうときに選択肢に入らなくなったのかもしれませんね。
―でも、一方で「正倉院展」には長蛇の列です。
年に一度だけ「日本の宝」を見ることができるからでしょう。若い方も年配の方もいます。ですので、私たちは「正倉院展」に時期を合わせて展示会をしたりします。奈良ではそのような流れを作っています。
―漆器でできた日常の食器セットがあったら買いたいのですが。
おそらく高くつきますね(笑)。なぜ高額になるのかという理由、つまりその素材や工程やかかる時間などをご理解いただけたら、価値が正しく評価されます。実演をした際などはそういう部分も理解していただけています。
―使う人が減ってきた時代だからこそ、逆にその価値は貴重ですね。
伝統工芸の技を絶やさないという価値もあると思います。作家としての使命感もあります。現時点では技を受け継いでいる人は少ないです。沈金・漆芸分野の人間国宝の先生方もご健在なので、現時点では漆器業界にそこまでの絶望的な危機感はありません。でも実際に漆器を買う方が減っていますので、これからはもっと厳しいと思います。
―これからも奈良の工房で活動されて、制作活動と共に技を教えたり、魅力を伝えていかれるのですね。
今はコロナ禍の状況なので作品を作り続けています。最近はウィズコロナの風潮になってきましたので、これからはワークショップや展示会を開催していきます。これまでは教室のお手伝いをしてきましたが、今年初めて自分が「先生」になって教室を行うんです。
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